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東京高等裁判所 昭和55年(行ケ)84号 判決

原告

株式会社東芝

右代表者

岩田弍夫

右訴訟代理人弁理士

鈴江武彦

村松貞男

坪井淳

長谷川和音

峰隆司

石川義雄

被告

ブラザー工業株式会社

右代表者

平田源一

右訴訟代理弁護士

新長巖

主文

一  特許庁が昭和五一年審判第八七六三号事件について昭和五五年二月六日にした審決を取消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者双方の求めた裁判

原告は主文同旨の判決を求め、被告は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二  請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は名称を「高周波加熱装置」とする登録第一一一〇三四号実用新案(以下「本件考案」という。)の実用新案権者であるところ、被告は昭和五一年八月一〇日特許庁に対し原告を被請求人として本件考案を無効とすることについての審判を請求した。特許庁はこれを昭和五一年審判第八七六三号事件として審理したうえ、昭和五五年二月六日「本件考案を無効とする。」との審決をし、その謄本は同年三月一九日原告に送達された。

二  本件考案の要旨

内部に加熱室を備えた本体と、この本体に回動自在に枢着され前記加熱室の前面開口部を開閉する扉と、前記本体内に設けられ前記加熱室内に高周波電力を放射する高周波発振装置と、前記本体および扉に設けられ前記扉を前記本体にロックするロック機構と、前記扉の前面に設けられ前記ロック機構を手動操作する操作体と、前記本体内に配設され前記ロック機構に連動して作動し前記高周波発振装置の電線回路を開閉制御するスイッチとを具備し、前記扉の開放に先だつて前記操作体を操作して前記ロック機構を解除し、かつこのロック機構の解除により前記高周波発振装置の動作を停止させるとともに、前記ロック機構のロック時のみ前記高周波発振装置を動作させるようにしたことを特徴とする高周波加熱装置。

三  審決の理由の要点

本件考案の要旨は前項記載のとおりである。

これに対し請求人が甲第3号証(以下「第一引用例」という)として提示した米国特許第三三二一六〇四号明細書(西暦一九六七年(昭和四二年)五月二三日発行)には前面開口を開閉する扉を有する高周波加熱装置において、扉が開かれる時高周波発振装置から動作電位を取除いてその動作を停止させる、という技術思想が、特にその第3欄第7行乃至第13行、および第7欄第61行乃至第66行の記載により開示されているものと認められる。

なお、この第一引用例には、その図面第1図および第3図に符号36で示されたラッチに関連してその動作を説明した記載が見受けられるが、このラッチ自体の構成が明瞭に示されていないのでこれら記載の意味するところもまた不明瞭であるから、第一引用例の開示事項は明確に把握できる上記認定の事項の範囲に止まるものと認める。

してみれば、本件登録実用新案の考案(以下「前者」という。)と第一引用例記載のもの(以下「後者」という。)とは、前者が、「扉の開放に先立つて」、すなわち被請求人の表現にしたがえば「扉の開度零で」、高周波発振装置の動作を停止させるものであるのに対し、後者は、「扉が開かれる時」、すなわち「扉の開度がある値に達した時」、高周波発振装置の動作を停止させるものである点で先ず相違が認められる。

しかしながら、請求人が甲第8号証(以下「第二引用例」として提示した実公昭三七―三九九七号公報(昭和三七年三月六日発行)には、原子炉格納容器からの放射線漏洩を防ぐために、扉を開放するに先立つて、すなわち扉の開度零の状態で、安全手段(例えば、二重扉の他方を閉鎖するなど)を講じた後、扉の開放を許容することが記載されており、本件登録実用新案の出願前公知であつたことが認められる。

前者における高周波も、放射線の一種であることは明らかであつて、しかもこの高周波が高周波加熱装置の外部に漏洩しないことが好ましいこともまた明らかであつてみれば、高周波加熱装置において、第二引用例記載のように、扉の開度零の状態で安全手段を講じた後扉の開放を可能ならしめるようにすることは、当業者のきわめて容易に想到実施し得る程度のものと認められ、また、高周波発振装置の電源回路を遮断してこの高周波発振装置の動作を停止させる、というその安全手段自体も、後者に記載されているように公知のものに過ぎない。したがつて、前者が「扉の開度零で高周波発振装置の動作を停止させる」ようにしたことに格別の考案が存在するものとは認められない。

ところで、前者は上記の作用効果を達成するための構成として、「扉の前面に設けられ(扉の本体にロックする)ロック機構を手動操作する操作体と、本体内に配設され前記ロック機構に運動して作動し、高周波発振装置の電源回路を開閉制御するスイッチとを具備」するものであるが、請求人が甲第1号証(以下「第三引用例」という)として提示した実公昭四九―九二六三号公報(昭和四十年三月二四日発行)、および同じく請求人が甲第2号証(以下「第四引用例」という)として提示した、米国特許第二九三四〇七四号明細書(西暦一九六〇年(昭和三五年)四月二六日発行)にはいずれも電気皿洗機あるいは電気脱水機等の安全装置ではあるものの、扉の前面に設けられ扉を本体にロックするロック機構を操作する操作体(第三引用例においては符号7で、また第四引用例においては符号44で夫々図示説明された部材が相当するものと認める。)と、本体内に配置され前記ロック機構に連動するスイッチを具備する安全装置が記載されており、この構成は前者の上記構成と一致する。この第三引用例および第四引用例記載のものは、上記のようにいずれも電気皿洗機あるいは電気脱水機についてのものではあるけれども、扉の開放に先立つて、すなわち扉の開度零で、電動機の付勢電源を遮断するという安全手段を講ずるものである点で前者と一致しているので、前記のように、扉の開度零の状態で付勢電源を遮断した後扉の開放を可能ならしめる点に格別の考案が認められない以上、これを実施するために第三引用例、あるいは第四引用例に記載された公知の安全装置を適用することもまた当業者における単なる設計事項に過ぎないものと認める。

なお、被請求人は、不可視の漏洩電波を生ずる高周波加熱装置は、水などの可視的でかつ至近距離のものに若干の危害を及ぼすに過ぎない電気皿洗機あるいは電気脱水機などとはその技術分野を異にするから、電気皿洗機あるいは電気脱水機における技術を高周波加熱装置適用することは容易ではない、という趣旨の主張を行なつているが、先に第二引用例を引用して述べたように、不可視的な放射線(高周波加熱装置において用いられる電波も放射線の一種であることは前述した。)の漏洩を防止するために、扉の開放に先立つて安全手段を講ずることが公知である以上、第三引用例あるいは第四引用例に記載された公知の、扉の開放に先立つて安全手段を動作させる構成を適用することに格別の困難があるものとは認めることができない。

また、前者は、扉が本体にロックされているときのみ高周波発振装置を動作させるものであることを、その構成要件のひとつとしているけれども、この点は第一引用例の記載を引用するまでもなく当然のことであり、本件登録実用新案の明細書および図面のその余の記載、ならびに被請求人の所論について仔細に検討しても、本件登録実用新案は実用新案法に規定する登録要件を具備している、とする被請求人の主張を首肯するに足る根拠は見出せない。

以上の通りであつて、本件登録実用新案の考案は、請求人が第一ないし第四引用例として夫々提示し、本件登録実用新案の出願前国内に頒布されたことが明らかな、各刊行物の記載に基いてその出願当業者がきわめて容易に考案できたものと認められるから、その実用新案登録は実用新案法第三条第二項の規定に違反して為されたものであり、実用新案法第三七条第一項の規定によりその登録を無効にすべきものとする。

四  審決を取消すべき事由

審決の理由の要点のうち、本件考案の要旨の認定は認めるが、その余はすべて否認する。右の否認する点について被告が立証をしない以上、審決は取消を免れない。

第三  請求の原因の認否

請求の原因一ないし三は認めるが、同四は争う。審決の判断は正当であり、原告の主張は理由がない。

第四  証拠関係〈省略〉

理由

請求の原因一ないし三の事実は当事者間に争いがない。

原告は、本件審決について本件考案の要旨認定に関する部分を認めるのみで、その余の部分である本件考案を無効とした認定判断、即ち第一ないし第四引用例の記載内容、右各引用例と本件考案との対比及び右各引用例から本件考案がきわめて容易になし得たとの認定判断をすべて争つている。ところで、本訴は実用新案の登録無効審判請求事件につきこれを認容した審決に対する取消訴訟であるから、審決に示された登録無効事由は実用新案法三条により無効請求人である被告においてこれを立証すべきものと解するのが相当である。しかるに、被告はこの点についてなんら立証をしないから、審決は取消を免れない。

よつて、原告の本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(瀧川叡一 松野嘉貞 牧野利秋)

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